いとうちひろのエッセイ「ニッポンの会社今昔物語」

熱い視線

私が商社のOLだった頃、業務内容のひとつにメール当番というのがあって、一般職(事務職)の女性は当番で一日数回メール室までメールを取りに行き、営業本部各課宛のポストに仕分けをするという仕事がありました。
あくまでも当番制なので、仕事の忙しさや勤続年数には関係なく平等に回ってくる当番で、私はその日の当番でした。

夕方、その日最後のメールの山を、両手に抱えきれない程抱えて戻ってきた私は、早速仕分け作業に取り掛かりました。
ちょうどそこを通りかかった常務秘書の女性が、
「今日はヒマだから手伝うわー」
と言って手伝ってくれた為、二人で世間話等をしながら、和やかに仕分作業は続きました。

しばらくして、フト私は私と彼女の間の肩越しに刺すような鋭い視線を感じて振り向きました。
すると、彼女もほぼ同時に同じように振り向いたのです。そして同時に、

「今、誰かいなかった?」

と呟いたのでした。そう、二人とも同じように視線を感じていたのです。
でもそこには誰もおらず、いつもは大勢の人で騒がしい営業本部内が、その時はなぜか半径10m以内にはひとっこひとりいない状態でした。
「気のせい?」
「誰かに見られていたような気がしたんだけど・・・」
「ま、そんなこともあるよね」
と、その時はそれで終わりました。

私はその日も当然残業で、会社を出たのは9時位でした。
そのビルの消灯時間は8時で、1F玄関は午後8時で閉まってしまい、廊下等の明かりも消されてしまいます。帰る為には、地下鉄に直結しているB1F出口から外に出なければなりませんが、 B1Fも殆ど明かりが消されてしまっており、非常灯がボンヤリついているだけでした。

エレベータの所は、高層用エレベータ4基と低層用エレベータ4機が並んでいる設計になっていて、私は低層用エレベータで下に降りようと、エレベータホールに向かいました。エレベータホールに付いたら、ボタンを押してエレベータのドアを開ける仕組みになっているのですが、その時はどういうわけかボタンを押すまでもなく、一番奥右側のエレベータが『ポーン』という音と共に開いたのです。
省エネ設計の為、一定時間利用者がいないとエレベータ内の明かりも消されるようになっており、中の明かりはドアが開くと同時に点くしくみになっているので、エレベータ内部の蛍光灯の蛍光灯が、
『ベンベラベンベン』
と付いているところでした。
「ラッキー!!」
疲れていて一刻も早く帰りたいと思っていた私は、心の中でそう呟くと、ササッと乗り込み、B1Fに降りました。

エレベータのドアが開き、外に一歩踏み出すと真っ正面のエレベータが、
『ポーン』
という音とともに開きました。誰か降りてきたのかと思いましたが、中には誰もおらず、内部の明かりが、
『ベンベラベンベン』
と付いているところでした。
私は特に気にせずに、地下鉄乗り場へ向かって歩き出しました。
ところが、隣り部分にあったエレベータのドアの端に私が近づくと、またしても誰も乗っていないエレベータが
『ポーン』
と開き、内部の明かりが、
『ベンベラベンベン』
とつき始めたのです。もう一歩踏み出すと、今度こんどはその向いのエレベータが
『ポーン』
と開き、内部の明かりが、
『ベンベラベンベン・・・』

さすがにちょっとイヤな気分になった私は、急ぎ足でその場を離れようとしました。
すると、ビルの地下鉄への連絡通路にもなっている出口部分の自動ドアが、全部一斉に

『ガーッ』

と、開いたのでした・・・。

ちょっと寒いお話が2回続きましたが、次はエンジニアピーンチ!なお話をご用意しています。お楽しみに!

次号は7月15日に公開予定です。

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