いとうちひろのエッセイ「ニッポンの会社今昔物語」

2万分の1のオンナ

これは私が某メーカーで、メーカー100%出資の派遣会社に登録した上で、派遣社員として働いていた時のお話です。
長期契約で働いていましたので、その会社の社会保険に加入しており、職場の健康診断に私も参加する事になりました。

一通りの検査が終わった後、『骨密度の検査』をするとのことで、レントゲンを撮るときに使う様な車に乗り込みました。
順番が来ると、手の平を小さな機械の上に乗せて、『カシャッ』という音を聞いてお終い。結果は、後日リスト付きで出るということでした。

それから数日後、会社の健康管理センターから私宛に電話が掛かって来て、
「今すぐ健康管理センターに来て欲しい」
と言うのです。
『え!?ど、どこか悪いのかな?商社時代は常に胃腸障害に悩まされていたしなぁ。』
等と思いながら指揮命令者の許可を貰い、敷地内にある健康管理センターに行きました。

ドキドキしながら中に入ると、
「あ、あなたがいとうさん?」
と、看護師さんが声をかけてきました。健康管理センターには、風邪を引いたときとか頭が痛い時等に何度か利用させて頂いてはいましたが、そこにはかつて見たことが無い程の人数の白衣の人達がズラリと勢ぞろいしていて、私を熱い眼差しで見つめていたのです。
「あ、あのう、私になにか・・・?」
というと、その中の一人の方が、ある表を差出しながら、
「この間の健康診断で、あなたの骨密度は周辺事業所社員2万人の中で2位になったんです。1位は男性でしたので、あなたは実質女性第1位。普段一体どのような生活をしているのですか?」
「どうって・・・。うーん、しいて言えば牛乳をいっぱい飲む位ですけど・・・。」
「ほうほう、それから?」
職員の方々が、興味津々という感じで聞き耳をたてています。にじり寄らんばかりの勢いです。
「子供の頃、うちには『おやつ』という制度はなかったのですが、牛乳だけは飲み放題だったんです。3人姉妹でしたから、1人1日1リットルで、その他に家族が飲む牛乳がありましたから、毎日4リットル牛乳屋さんから配達されていました。
それと、三人共小学校のときは、ミ二バスケットクラブと水泳クラブに所属していました」
「うーん、そ、それだ!!」
職員の方々が口々にそう言いました。

そう言われてみれば、私達三姉妹は一番下の妹が35歳になろうとしている今でも、誰一人として骨折したことがありません。次女は子供の頃交通事故に遭っているし、私は高校時代、学校の階段の一番上で貧血を起こして、コンクリートの階段をほぼ一階分転がり落ち、救急隊員の方に、
「腰骨を骨折したか、よくてヒビが入っていると思います」
と言われて救急病院に運ばれたのですが、検査してみると体中どこにもヒビ一つ入っていなくて、意識が戻ったらお医者さんに、
「いやぁ〜、綺麗な骨だぁ〜。標本にしたい位立派な骨だ。こんな綺麗な骨、最近見たこと無いですよ!」
と骨を褒めちぎられたことがあったのです。

『ほ、骨を褒められても・・・。あんまり嬉しくないんですけど。』

純情可憐な乙女盛りの女子高校生としては、外見より骨を褒められても、嬉しいのかどうか微妙な感じだったのでした。

その話をすると、センター職員一同深く頷いて(それってどういう意味よ?)、
「あなたの骨密度は、標準年齢の骨密度のはるか上にあります。ほら、表からはみ出してしまっているでしょう?」
と言いながら表の一点を指差して見せたのです。
「ちなみにタバコは?」
「吸いません」
「あぁ、それも骨密度を高く保つことに貢献していると思います。う〜ん、素晴らしい」
そう言って、頷き合うセンターの方々。
「あのぅ、それで私が今後骨密度の事で気をつけること等は?」
「特にありません。今のままの生活を続けていけば、いとうさんが骨粗しょう症になってしまう可能性は限りなく低いです。このまま頑張ってください!」
と、何故か所長さんらしい人から握手を求められ、(い、一体なにを頑張るのだろう・・・?)と思いながら、ガッチリ握手をかわしたのでした。

2万人のうちの2位、しかも女性社員の中では堂々の第1位。
今まで『一等賞』というものにまったく縁がなかった私は、何となく複雑な気持ちがしつつも、決して悪い気はしなかったのでした。

それにしても、何故突然健康管理センターから呼び出しを受けたのかということについては、未だに謎のままだったりするのでした・・・(一体どんなヤツなのか、見てみたかっただけなのでしょうか・・・?)。

次回は3月15日に公開予定です。

【戻る】

Copyright© 2007 Chihiro Ito All rights reserved.