いとうちひろのエッセイ「ニッポンの会社今昔物語」

THE離れ

このお話は、今連載しているエッセイを読んだ方から情報を頂いたもので、私の方から詳しくお話を伺わせて頂き、まとめ直したものです。
読者の皆様の中でも、何か面白そうなお話がありましたら、是非情報をお寄せ下さい。
お待ちしています。

入社3年目の斉藤が勤務している某地質調査コンサルタント会社の某支社は、5階建ての自社ビルでしたが、社史に準じて相当に気合の入った古さでした。
どの程度の古さかと言うと、まあかろうじて窓の開閉は出来ているけれども、本来ならば正面玄関になる筈の入口は、シャッターが故障してしまって、もう随分長い間半分閉まったままの状態が続いており、社員や来客者はビルの横のまるで『お勝手』のような通用口から出入りしているありさまでした。
そんな支社も近年、社員の増加に伴って建物自体が手狭になり、完全なすし詰め状態が続いていて、居室内の移動にも一苦労する程になり、業務にもいよいよ支障をきたしてきた為に、『不景気なんだから通用口から出入り出来るなら、シャッター修理の必要はない』と頑なまでに冷たく言い放ってきた本社総務も、やっと思い腰を上げることになりました。

『おおっ!! これでやっと改築か!?』

と社員一同密かにいろめきたったのですが、世の中そんなに甘くはありません。
ある朝出社してくると、工事用のトラックが数台とショベルカー等が会社の前に横付けされたかと思うと、彼等は会社の前にあった専用駐車場 (乗用車4〜5台分)を手際よく壊し、整地し始めました。

「???」

興味津々で覗き見する社員を横目に、彼らはサクサクと更地にした元駐車場に『ブロック塀を四隅に2個づつ重ね、できた歪み部分には、材木のはぎれを挟み込んで調整しただけ』という簡素な土台を作り、その上にわずか数日でなんとプレハブ2階建ての新社屋、その名も『離れ』を建築したのでした。

「ま、まさか……、こ、これが、新社屋……?」

まがりなりにも、彼の会社は『地質調査コンサルタント』。一瞬でも新社屋への期待に胸膨らませてしまった社員達の落胆とはまったく無関係に、『新社屋・離れ』への機材搬入が、無情にも始まったのでした。
そうしてその『離れ』は、主に会議室として活用されることになり、すぐに『離れ』での業務が開始されました。
ところが、この社員の前評判激悪だった超安普請の『離れ』、予想外の好評を博することとなったのです。
どこまでも予算をケチったと思われるこの『離れ』。プレハブ自体の質もあまり良くはなく、実はリサイクル品だったらしい物件だったのですが、とにかく壁が薄くて所々壁と壁のつなぎ目から外がチラチラ見えるような建物でしたので、夏場の会議は、正に暑さとの戦いでした。
今更言うまでも無く、冷房装置すらも設置されるはずもなかった『離れ』で、 ムンムンに蒸し暑いサウナ状態の中で会議をすれば、会議終了後にはダイエットもできているという、まさに一石二鳥の会議室だったのです。(←それが喜ばしい事なのかどうかは謎。)

それにしても、人間の順応性というのは恐ろしいものです。
このような過酷な職場環境も『住めば都』とはよく言ったもので、時間がたつにつれて慣れてきてしまい、涼しくなった秋口には、
「人がいないから、却って落ち着く」
と言って『離れ』を好んで使う社員も出てくるありさまでした。本社の思惑通り?だったかどうかはわかりませんが……。

ところが、そんな社員達にも、どうにも解決できない悩みがあったのです。
それは……、『誤作動しまくりの火災報知器』の存在でした。
社屋が古いだからなのかどうなのか原因は良く分からないのですが、この 『ヤル気マンマンの火災報知器君』は、とにかくすぐに ♪ンジリリリリリリリ〜!! と、それはそれは派手に誤作動するのです。
『湿度が高い』といっては鳴り出し(?)、『夕立だ』といっては(??)鳴り出す始末。
しかも、一度鳴り出すともう社員達に止める術はなく、報知器君の気のすむまで鳴るにまかせるしかない状態だったのでした。
当然、これまた働き者の警備会社からも、毎回毎回間髪入れず
「なにごとですか!?」
という電話が掛ってきて、管理課長が頭を抱えるという、悲しい悪循環を繰返してしまうのでした。

「本当の有事の時に信じてもらえなくて、誰にも助けてもらえないかも……」
口には出さないまでも、社員みんながそう考え、火の元にはよりいっそう気を使う、
考えようによっては、見上げた心掛け(?)の報知器君なのかもしれなかったのでした。

次号は10月1日に公開予定です。

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